これは作詞した際にどんな事を考えて書いていたのたか、と記憶を辿ってまとめてみた文章です。 古めかしい言い回しをしていたり、語感だけ使っている言葉があったりするので、覚えているうちに整理しておこうと思いました。 「天零萃夢(萃めた夢は、空から零れ落ちるように)」 夜の霧の間に見え隠れする満月を仰ぎ見るその姿を知る者はいない。 その身に秘められた神のごとし力は、他に並ぶ者などいはしない。 (「夜霧」の正しい読みは「よぎり」であり、「やぎり」という言葉は本来存在しない。しかし歌い出しであり力を込めたかったので、造語を使用した) (天手力は、萃香のスペルカードから取っているが、その起源は『古事記』にある天の岩戸開きで活躍した怪力の神、天手力男神《アメノタジカラオノカミ》から来ている) 住む土地もなく、神の慈悲も受けることもできず、世界の表舞台に出ることはなく、光の当たらない場所にそっと息を潜めている。 しかし、人間が生きている限り、(鬼は)常にその影に在り続ける。 (古来、鬼は二種類あったと言われる。一つは種族としての鬼。そしてもう一つは、妄執や恨みなどによって、人間が生霊などの化け物になってしまう例である。すなわちそれは、人の闇の部分の表れである) 荒ぶる神と崇められ奉られることもあれば、悪しき化け物として追い立てられ、住む場を追われ、あるいは討伐される。 しかしそうした人間の恐れ(畏れ)さえもが、彼らにとっては絆であった。 (鬼はまずルールをもうけ、人間と勝負するのを好んだ。それで人間が勝てば褒美を渡し、負ければ攫った。また、鬼の中には人好きする変わり者もいて、自ら宴に誘っては恐がられて逃げられるといったこともある=『島ひきおに』。他にもなまはげなど、悪い人間を懲らしめる役を担う鬼もいる) 夕暮れを過ぎてさあ夜が来た。友たちよ、集い宴を開こう。 だがその者たちは、同類を装った人間達であり、(鬼は)欺かれ騙し討ちにより狩られていく。 (依童について。 これは本来の意味からするとここで使うのは正確ではない。依童とは先天的に霊の言葉を口にしたり、神降ろしの依り代としての素質を持つ子供のことである。それはつまり、人間の側にいながら、鬼や妖怪のあやかしの世界に足を踏み入れているということを意味する。ここでの「宴につどえ依童よ」とは、鬼がそうした幽顕の境界にいる子ども達を誘っているわけである。しかし、人間はそれを利用して騙し討ちをしたというのが歌詞の大意である。これは、萃夢想の公式テキストにあった「人間の騙し討ち」の一例として書いた) もうかつてあった楽しい心地はそこにはなかった。 人間は文明に盲信した。人間は生活から闇の部分を積極的に排除し、夜の闇も人工の光に浸食され、月の明かりさえ遮られるようになった。 そこには、かつての絆を見出すことはできなかった。 (鬼達は)、どこへともなく消え、その姿を見ることは永遠にないだろう。 はたしてどれほどの時間が経っただろうか。 いずれ(鬼が)存在していたことも、自らの闇(に潜む鬼)さえも、人間は忘れるようになるだろう。 そんな中にあって、かすかに残る伝承、風習、昔語り、虚像、形のない恐怖、幻……。 そこに、かつての楽しき日々を見出し、失われゆくものに思いを馳せた。 自分は作詞の時にほぼ必ず禁止ワードと必ず入れるワードを決めます。 天零萃夢の最大の禁止ワードは鬼でした。 これを見る人間は、ほぼ必ず萃香のことを知っているからということもあるのですが、鬼という言葉を使わずに鬼ないしはそれに類するものたちのことを語れるか、という挑戦をしてみたかったのです。 また、天零萃夢は鬼に限らず、鬼を代表格として「そんなものはいない」と決めつけられて闇に葬られてしまったものたちのことを語りかたかったからです。 「おばけなんてないさ」ではありませんが、科学的に有り得ないの一言で、実在の是非はともかく伝承や人々の心の中からも、そうした陰の者たちが消えてしまうのは、なんともさみしいと思いませんか? この歌詞は、鬼=伊吹萃香の主観を想定して書きました。 簡単に言えば、萃香が歌っているわけですね。 そんな折り、飛絨毯さんがMEIKOで歌詞を歌に昇華してくださり、天零萃夢は歌として認知されることになりました。 歌、音楽は、言語に対して絶対的上位にあるものです。それは、民族も国境も越えて人々に伝わります。 ちなみに、2005年当時はボーカロイドがほとんど知られておらず、私も存在を知ってはいたものの聴いたことはありませんでした。 東方Projectアレンジのボーカル曲もまだ少ないことも手伝って、極めて異色の存在になったと思います。 そして、2008年2月。Re:AさんとRe:nGさんが人間の立場から息吹を吹き込んでくれました。 ニコ動を覗いてみると、結構色んな人が歌ってくれていて、作詞した身としては嬉しい限りです。 おおよそこんなところでしょうか。 ちなみに、この歌詞は日本酒一合空けながら書いていました。 コメントやタグで「酒が美味くなる歌」とか「今日も酒飲みながら聞いてます」というものを目にすると、思わずニヤリとしてしまいます。 おまけのおまけで関連年表 2004年12月:原作『東方萃夢想 〜 Immaterial and Missing Power.』頒布(上海アリス幻樂団&黄昏フロンティア)。 2005年 2月:歌詞「天零萃夢」公開。 2005年 5月:MEIKO版「砕月-天零萃夢-」公開(mp3ファイル)。 2008年 2月:Re:A&Re:nG Ver「砕月〜天零萃夢」、ニコニコ動画「歌ってみた」カテゴリにて公開(イラストはogaさん)。 2009年 4月:JOYSOUNDよりカラオケ配信開始。 |